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小噺

手加減のススメ

俺がピカピカの一年生(大学)だった頃、と言えばストリートファイター2がゲーセンに登場した時期であります。つまりバリバリのザンギエフだった時期であり、対戦というものが分かりはじめてきた時期であり、未だ見ぬつわものを求めてゲーセンをさすらう日々でありました。
そんなある日、東京からサークルのOBが来られるとのこと。何でも、俺が対戦相手を日々求めているというのを聞き及んで、ぜひとも戦ってみたい、とのこと。「誰にも負けたことがない」「ザンギエフ? はっきり言って負ける気がしない」「無敵のブランカ使い」とか自称している、とのこと。
こんな自信たっぷりの台詞を聞いて、俺も期待満々です。弱い相手との対戦には飽きていたし、強い相手に思い切り負けてしまいたい、それくらいの相手に会いたい、と切望していた時期でしたから。
そのOBの方が到着するや否や、早速ゲーセンへ速攻。サークルの人間もこれは見物だと何もこちらが言わずともついてきます。取り敢えず千円札を全て50円玉に両替してしまい、負けが込んだときに備えます(勝ち抜くと最初の50円で遊べますが、負けて対戦に乱入しようとすると50円が必要ですから)。
30分後。
OB様はまた両替機に走っていかれました。今度は千円札を両替しているようです。俺はそれを横目で見つつ、まだ手を付けていない50円玉の塔を財布にしまいました。こいつらの出番はもうなさそうだと思ったから。
何と言うか、強い弱い以前にセオリー、と言うか基本ルールが分かってないようです。上下のガードの使い分けが出来ないというのは、野球でいえばボールを打って3塁に走り出すようなものではないでしょうか。ルールが分かってないのでさすがに勝負になりません。にしてもいったい誰と対戦して無敵だったのでしょう。深くは考えまい。
結局全力を出してたのは最初だけで、次第に居たたまれなくなってきました。周りの空気がそうさせたともいいます。先輩達は無言でしたが「おいおい、大人げねえなあ。ちっとは手加減してやれよ」と目で語ってきてます。
取り敢えず使うボタンを封印することを考えました。大キック、大パンチ、中キック、中パンチ、小キック、小パンチ。勝つたびに6つのボタンの威力の高いものから順番に封印していきましたが、最終的にはスタートボタンを封印しなければいけない所まで来てしまいました。
どうしよう……殺るしか?
こんな意味で悩まなければいけなくなるとは思ってもみなかったので、新しい方向性での手加減を考えながらプレイしていると、今まで無言だったOB様がおっしゃいました。
「生意気に手加減なんかするなよな!」
もうどうすればいいのか分からなくなったのを先輩たちがなだめてくれて、なんとかそれ以上の対戦は免れ、顔を合わせずらいのですぐに帰宅しました。後日とある先輩が一言。
「嶽花、この前は大変だったなあ。俺、あのゲームの事は全然分からないんだけど、俺でもあの状況が良く分かってたぜ」
それは相当のものだったんでしょうなあ、客観的に見ても。
それから三年後。なんとそのOB様が再び来鹿してくるとの事。なんでも俺と再戦するために東京からやってくるらしい。その話を教えてくれた先輩、続けて俺に余計な情報を教えてくれます。
なんでもあの後、OB様は周りに攻略本見ろよとか言われたそうなんですが、「馬鹿にするな!俺はそんな物は見ない!」とか言い返したそうな。そして近所の小学生に連続技習ったりして修行してきたらしい。
その話を聞いた俺ですが、迂闊にもOB様の来られる日にサークルに出席していたからさあ大変。気がつくと目の前に居たそうです、OB様。「そうです」と言うのは既に俺がOB様の顔を忘れていた証拠です。
「忘れたとは言わせねえぜ」と言わんばかりのOB様。顔まですっかり忘れている俺。見てるだけの皆。
……貴方ならどうする? 
俺はそれらしき人の前に行って言いました。
「……そんな事、ありましたっけ? 他の人では? 僕、ちょっとこれから用事がありますんで失礼」
OB様は歯ぎしりしていたそうな。でもその後で「奴は俺様から逃げやがったよ!」と吹聴してたそうです。
まあ、違う意味で逃げたけどさ。
OB様には感謝してます。それから俺には「接待プレイ」と言うものを身に付ける事が出来ましたから。ゲーム好きな新入生がサークルに来たらゲーセンに行き、勝てるかどうかといったギリギリのところで結局勝つ、って具合の事を考えるようになりましたもの。たまたまその時点の腕の差を見せ付けて初心者をボコボコにするなんて大人げない事をせずにすみましたとも。
そして。某サークルのHT君が「スト2で嶽花さんと対抗できるのは俺くらいのもんなんだぜ」とか言ってたらしいです。なんでこんなこと言うほど自信があるのかな〜?と思ってたんですが……
あ、そうか、「ガード5回まで」プレイ君のことか!

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