よう、オレだ、嶽花だ。今は何の因果かパソコンサポート対応なんてものをやってるが、若い頃は狙撃手をやってたんだぜ。ああん、なんだそのツラは? 俺がいつ嘘を言ってるとでも? じゃあ、その証拠を教えてやるから、耳かっぽじって、アルミホイルを噛みながら聞いとけよ。
「このミステリーがすごい!」で海外小説部門で一位をとってたスティーブンハンターの「極大射程」、アレの主人公のモデル、実は俺だ。キアヌ・リーブス主演で映画化するらしいから、来年くらいにはキヌ公のモヒカン姿が見れるかもな。ちょっと今日は酒が入ってるから、舌の滑りが良すぎたかもな。でもこれはオフレコってヤツだから、絶対他言無用だぞ。
なに、いつも酒ばっかり飲んでるじゃネエか、だと? 馬鹿野郎、いつも飲んでるのはコーラだ! 人をアル中みたいに言うんじゃネエ! 見た目だけで何事も判断するんじゃネエ! 若いうちからそんな調子だと、年食ってからロクな大人にならねえぞ! 俺が言うから間違いねえぞ、コラ。
ん? その顔だと、まだ俺が狙撃手だったって信じてないようだな。いいだろう、今日は昔話と洒落こもうじゃないか。この麦茶もぬるくなってきたし、気分転換にいいかもしれねえ。じゃあ、黙って聞いてろよ。オイ、柿ピーのピーナッツだけは全部食うなよ。
今は昔、俺がまだ学生だった頃の話だ。ゲーム機の代名詞がまだファミコンって言われてた、古き良き時代さ。その頃、俺には二人の舎弟がいた。一人はコードネーム・クマ。嫌われたら即死系とか言われてた俺だが、実のところコイツに口で言い勝てた試しがねえ。言葉が刃物のような煌きを持ってる獣だ。
もう一人はコードネーム・ホルマン。略称「ギャルゲー番長」だ。略称の方が長い気もするが気にするな。こいつはいつも口を台形方にだらしなくあけていて、トイレを極限まで我慢して突然部屋でトイレの神への踊りを始めるようなヤツだ。
ある寒い冬、俺はスナイパーのたしなみとしてシューティングゲームをたしなんでいた。ターゲットはセガの数世代前のゲーム機メガドライブのソフト、ナムコ発売の「デンジャラスシード」って野郎だ。深夜の部室で、俺ら三人はなんとなくそいつを楽しんでいた。とはいっても実際にプレイしていたのは俺で、舎弟どもは俺様の華麗なプレイに見とれてたんだがな。
「まだ一面ですよ? 何回死んでんですか? いっそのこと実生活でも死んじゃいますか?」とかクマ、「うるせえ、寒くて俺のギアがまだ暖気してねえんだよ」と俺、そしていつものようにぼんやりと四次元でもみるような目つきでいるホルマン。いつもの風景だった。暫く世間話をしていると、沈黙が生まれた。話題が尽きた時に独特の、奇妙な沈黙。静かな冬の夜。沈黙を破ったのはクマだった。
「OBの人に、クマ君って言葉だけで人を殺せちゃうよなあ! 思いやりって言葉が君の頭の辞書にはないんじゃないか?、って言われたんですけど、ちょっとひどすぎないですかねえ?」
同意を求めるような口調でなかったとしても、俺もそうだよなぁ、あの人の方が言葉をオブラートしないよなあ、とか思っていた。思っていたが目の前の炸裂弾を避けるのに必死だったので、フォローの言葉をホルマンに言ってもらおうと思って弾避けに専念していた。
しかし、沈黙が流れただけだった。
再び沈黙を破ったのはクマだった。
「お前ら、全然友達がいがねえなぁ!!!」
なんでホルマン、フォローしねえんだ?と慌ててパッドを置き、クマの目を見て堂々と言った。
「いや、俺、シューティングしてたし」
ちょうど自機が弾に当たったのか、爆発音が聞こえた。静かな夜、爆発音がやけに大きく聞こえた。そして、再び沈黙が戻ってきた。
クマは俺の言葉を聞いた後、無言でホルマンの方を見た。何か言霊を求めるかのような目つきで。それは何かの祈りのようにも見えた。
しかしホルマンは相変わらず口を台形にだらしなくあけたままだった。だが少し慌てている様子が見て取れる。何と言うべきか必死に考えている。しかし口は台形に開けたままだ。
そしてホルマンはたっぷりと十秒ほど我々の時間を止めた後、クマの目を見て堂々と言った。
「いや、俺、シューティング見てたから」
もちろん、やつの口は台形に開かれていた。
誰も、何も、言わなかった。
言えなかった。
寒い、寒い、夜だった。
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