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小噺

衝撃発表(3)

そしてその直後、タクシーは停車しました。ホテル街の前で。目の前には不夜城とでも形容したくなるような、独特の夜の街の明かりが広がっています。
「ここでおろしてください」
Kちゃんは扉が開くとすぐにタクシーから降り、吐き始めました。なるほど、だからか。だから停車したんだ。そう分かると、ちょっとほっとしたような、そうでないような。
そしてふと思いました。お酒は強いと言って飲んでた筈なのに、と。すると脳裏にさきほどのか細い声が聞こえてきました。お願い、謝らないで。
精神的にまいったんだろうか。まさかこんなおじさんに断られるとは思いもしなかっただろうしなぁ。なんだかすまない気持ちになってきて、Kちゃんの背中をさすってあげようかとしたんですが、すでにもう吐き終えたようです。手持ちのティッシュを差し出すと、少しだけはにかんでKちゃんは口をぬぐいました。そしてそのまま歩き始めます。
「嶽花さん、もうちょっとだけ、私につきあってもらえません?」
「いいよ」
「でも、奥さんの方が大事なんでしょ?」
「うん、奥さんが大事」
「ちょっとくらい嘘ついてくれてもいいのに」
「30分間だけ?」
「そう、30分だけでいいから。だから、嘘、ついて」
「俺、今まで嘘ついたことがないんだ。だから無理」
「嘘つき」
「よく、そう言われる」
「奥さんにも?」
「……そう言えば、奥さんには言われたこと、まだないかな」
「そうなんだ」
「うん」
そして会話はとまり、二人とも無言のまま、とあるビルの前に来ました。
「お願いってのはね……ここのビルに私が今まで勤めてたお店があるの。そこのドアの前にこの荷物を置いてきてほしいの……」
「うん、いいよ」
俺はその荷物を受け取ると、件のお店の前に置いてきました。
「誰もいなかった?」
「誰もいなかったよ」
「そうですか。じゃあ……帰りましょうか」
「そうだね、帰ろうか」
そしてタクシーに乗り、帰路へ。
「嶽花さんは、次の就職先は決まってないんでしょ?」
「そうだね、まだ何も決まってないね。色々考えはあるから、あせらない程度に落ちついて決めてこうと思ってるさ。まあ、どうにかなるよ。人間、学ぼうとする意思さえあれば、いつまでも頑張っていけると思うし」
「可愛い奥さんもいるしね」
「ははっ、そうだね。そうだ、帰ったら奥さんの頭を撫でる、ってのだけは決めてるかな」
「そんなに好きなんだ。どうしてそんなに好きなの?」
「さあ。なんでだろ。でも好きなんだからしょうがないよ」
「そっか、そうなんだ……」
そして再びKちゃんのマンションまで戻ってきました。
「じゃあね、Kちゃん。体に気をつけて頑張ってね」
「嶽花さんもね」
「じゃ、ね」
「……嶽花さん?」
「なに?」
「また今度、別の日に浮気しようね!」
声は明るくふるまってるんだけど、少しはにかんで笑ってた。その表情を直視するのがつらくなった。何も言い返せなかった。
「じゃあね」
バイバイと手を振り、タクシーを出発させる。ふとバックミラーを見ると、まだKちゃんはこっちを見てた。ためしにバイバイと手を振ると、バイバイとKちゃんが手を振った。
それ以来、Kちゃんとは会っていないし、電話もかかってきていない。彼女のお店の件が気にはなるが、知らせが無いのはいい知らせなのだろう。そう思うことにする。
※第四話へ続く

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