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小噺

桜島ザンギエフ伝説(5)

桜島ザンギエフ伝説 小噺

いよいよ合宿当日です。俺らは午前10時に集合場所に来てました。するとOBの肉敏郎さん(下図参照)が時間通りに到着。

内さん

「いや〜、遅れてすまんネ! ファーッ*!(注:欠伸ではありません)」

この人にだけは午前7時と伝えておいて正解だったようです。この肉敏郎と言うお方、はっきり言って目茶苦茶です。卑語くんに「俺の人生観を覆した」言わしめるのは並大抵では有りません。でもモヒカンには直接関係ないので、その辺の事は後日に。


合宿先に向かう為、各自が乗る車両の割り当てのジャンケンが始まりました。俺も手を出そうとした瞬間、肉さんに手を掴まれました。

「嶽花、お前の指定席は用意してある」

どうやら一昨日から、肉さんの車に乗るのが決まっていたらしいです。それはビートなる車でした。車にまるで詳しくない素人さんの俺にも分かる特徴があります。

屋根が無い。

肉さん、俺のモヒカンを見て、思わずニンマリ。


「うおおおお、夏が俺を呼んでるぜ! いくぜ、嶽花、パーナン、パーナン!!」

大張り切りの肉さん。

すっかり顔も心も青色の俺。

肉さんの目茶苦茶さの一つとして、その運転マナーが挙げられます。どのくらい礼儀正しいかというと、先日は裁判所に召喚された程度です。

次の瞬間には時速80キロの世界を満喫したくないのにしてしまっている俺。それだけならまだしも、肉さんは車体を激しく左右に揺らします。その度にタイヤは耳を押さえたくなるような叫び声をあげ、激しい風が俺のモヒカンを左右に揺らします。

「うおおおお、嶽花、女子中学生だっ!!」

手を振る軍服オヤジ、その隣では左右にたなびくモヒカン。そしてドリフトしながら突っ込んでくる真っ赤なビート。逃げない方がどうかしてます。

「お前がスゴむから失敗したじゃんかよぅ」

スゴめねえっつーの。んな余裕、無いっつーの。

冷や汗をかいてる俺と反比例して、車体を激しく揺らし続ける肉さん。落ち着いた態度の肉さん。と、その時、車体が少しだけ揺れた、その瞬間。

「あ」

とだけ言って、そのまま黙りこくる肉さん。目をみはる俺。沈黙と共に、セミの声が、やけに五月蝿い。

「あ」って何だよ?!

今までの余裕の喋りはどうしました?!

そう言いたかった。でも、言えなかった。

激しいドリフト中の方が、よっぽどマシでした。あの一瞬の沈黙に比べれば。あの一瞬の恐怖に比べれば。 

俺が車を無事に降りた頃には、すっかり汗でモヒカンがペシャンコ。それを見て卑語くんが一言、

「ワカメ」


その後は海水浴に行って体を焼いたり、ジュースを飲んだり、水遊びをしたり、とごく普通に過ごしました。全てが普通で、見慣れた風景でした。

俺がモヒカンである、という事以外は。いえ、もう既にそれすら普通でした。モヒカンはもはや、空気のような存在感となっていたのです。卑語くんやおそえがわはともかく、今日初めて俺のモヒカンを見た筈のあんたら、半日で慣れるのは早すぎ。俺がつまんない。

いや、いつも驚いてくれていた人が一人居ました。

俺自身です。

朝、顔を洗う時に鏡の向こうの自分に驚き、寝仏のように頭に手を当てて寝ようとしたらそのツヤツヤ感に驚き、2日目にはツルツルしていた筈の剃り跡がすっかり青くザラザラとしてきては驚き、自分の後頭部の写真を見て「何か別の生き物がくっついているようだ」と驚き……

真の被害者は俺でしたか? 

教えて、神様。いや、やっぱ教えてくれなくていいです。


てなわけで最後は腑抜けた感じで終わった合宿最終日。

しかしその後は大忙しです。

何といってもこの直後、バイトに入らないといけないのですから。てな訳で、断髪式再び。

卑語くんの片手にはバリカン、おそえがわの片手にはカメラ、そして彼らが余った片手で持っているのは、黒いゴミ袋。当然、真ん中に穴アリ。

これが俗に言うデジャヴなのか。数日前とまるで同じような光景だ。

バリカンが髪を削ぐジャリジャリという音、おそえがわがパシャリとシャッターを切る音。

明るい夕日を影に、髪が足元に落ちてゆく。剃刀と石鹸の準備の際の物音すらも懐かしく思える。

俺が物思いにふけっていると、卑語くんが小さな声で聞いてきた。

「……剃るの? 俺が?」

どうも、人の頭を剃るのは嫌らしい。前回は時間に余裕があったから自分でしたんだが、今はそれどころじゃない。おそえがわの方を見やると冷静に首を左右に振る……カメラを構えたまま。どうも、シャッターチャンスを逃したくないらしい。

「見てろ、こうやって剃りゃいいんだよ!」

大声を出して自分に勢いをつけ、剃刀にも勢いをつけた……のがいけなかったか、ジョリッという生々しい音と共に、視界が赤く染まった。

「ひいいいいっ!」

皮が剥けてました。ズルリと。

それでも時間が無いので、急いで剃る剃る剃る。だって俺の頭だし、遠慮は要らん。

どうにかこうにか、バイト15分前に剃り終わった。そして洗面所で頭をキレイに洗い流して部屋に戻った瞬間、フラッシュがたかれた。何事だ?

卑語くんが指を差して大笑いしている。おそえがわはいつものニヤケ顔だが、いつもより大目に笑っております。何故?

洗面所に戻り、鏡を見た俺はビビクン!と、今までの被害者のように肩を引き攣らせていた。鏡の向こうには……

日焼けでモヒカンの所だけ白く残っている俺の頭が!

卑語くんらの笑い声が、やたら遠くに思えた。

殺人事件がおきようとしている……

人としての尊厳が殺されようとしている……

バイトまであと10分……

嶽花、約20年の人生で最大のピンチ!

もう死ぬしか?!

※最終話「そして神話へ……」へ続く

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