鏡の前で、俺は文字どおり固まっていた。
バイトまであと10分!
この頭、どうすんの!
帽子かぶっていっても、取らないのは変だし……
バイト休みたいなんて、1週間も休んでおいた手前言えないし、
つーかローテーション的に誰も代わりがいないから不可能だし……
うおおおおお!!!
どうしよう!!!
貧血でも起こしたように、視界が歪む。そして歪んだ鏡の先に見えたものは……
「ザンギ先生が本当にモヒカンにしていたんだよ!」 と卑語くんが友達に言われて喜んでたらしいな……
近所のおばさんに「手入れ大変でしょ」と言われたな……
近所の仲良くしてた猫がフーッ!って言って近寄らせてくれなかったよな……
学食で教授にゴミでも見るような目つきをされたよな……
はっ! これってもしかして走馬灯?!
死ぬの、俺? もうすぐ死んでしまうの?!
教えて、神様!
10分後。
バイト先に俺は居た。店長は俺の頭を繁繁と見ている。
「嶽花君、怪我でもしたの?」
「ええ、ちょっと床屋で……」
「それにしても凄い包帯だね。頭中怪我してるの?」
「ええ、ちょっと床屋で……」
俺って頭いいや。包帯なら、店内でも外さなくっていいじゃん!
危機を乗り切り喜ぶ俺に、店長はにこやかな表情のままで言った。
「嶽花君も楽しい夏休みを過ごしたようだね」
「ええ、ちょっと床屋で……」
バレバレじゃん。
過ぎ去ってしまえば、全ては思い出。
本当にあんな事件があったのだろうか、と思えてしまう。写真の一枚でも残っていれば、確かにこれらの事件が現実に起こった事だと確信できるのだが、あれから7年たった今では、自信が無い。
断髪式の夜、ボウズ頭のまま、友人達と酒を飲んだような気がする。だから、ただたんに、俺がボウズにしただけの夜の夢だったのかもしれない。全ては真夏の夜の夢だったのかもしれない。
あの夜、色々な意味で疲労がたまっていた俺は途中で寝たような気がする。皆が部屋で騒いでいるから、狭い廊下にそのままマグロになったのだと思う。
ふと、気配を感じて俺は目を覚ました。部屋の方を見るが、皆、帰ったようだ。そう思いながら玄関の方に振り向くと……
「ま・さ・き?」
辺りは暗く、しかも逆光になっていたので進入者の顔は真っ暗で見えない。しかし、俺には分かった。「き?」の所で、首を少し右側に傾ける、その独特の仕種は……俺を叱る直前の……
「母さん?!」
反射的に廊下に土下座。「すみません」と何度も繰り返す俺に、母は冷たく言った。
「なんなの、この有り様は?」
母の視線の先には、浴場に散らばる俺の髪の毛があった……
その後どうなったのか、詳しくは書くまい。ただ、3日後に俺は生まれて始めて
家族会議
というものに出席した、とだけ書いて筆を置く事にしよう。
以上で、俺の話は終わりです。
フォーエバー・モヒカン
もう戻ってきませんから
永遠に。
願うな!
願っても無駄だ!
(完)
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