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小噺

職業訓練校日記(5)

最近忙しそうにしていたのは、全てがこの日のためでした。訓練校での五人チームでの、合同プログラム作成発表会。在庫管理システムという機能を実現するため、チームごとに分かれて仕様を考えてプログラムを作成し、プレゼンを行うのです。
思えば初日からキてました。残りの4人のメンバーの中に、60歳の定年おじさんがいる時点で詰んでます。その時の俺は脳内で鼻血を吹いたといいます。それだけじゃなくて、残りの人もなんかこう、ヤバそうなに・ほ・いが。
そしたら授業後に先生に呼び出されて「もし出来あがらなくても、それはチームを分けた私達の責任ですので」とまで言われました。これは何のハンデキャップなのでしょうか。チャーハンの余ったグリンピースだけ食べさせられてるような気分です。いや、トライアスロンで最後が水泳になって、しかも足に重しつけられてるような気分ですか。
そんなわけで、ウチのチームの仕様はかなりシンプルにしました。マジで終わらないかもしれないと思ったんで。ぶっちゃけた話、俺が一人で全部作った方が色々な意味で楽だとは思ったんですが、まあ合同授業だから皆で力を合わせて作った、って感じにしようと思って。だからおじさん用に一箇所簡単なところを用意しておきました。これなら大丈夫だろ、ってのを。
コーディング締め切り三日前。全然仕上がってません。ある程度予想はしていたのですが、ここまで何も書かれていないとは。こういう事態を想定してあらかじめ自分の作業はほぼ終わらせておいたので、残り三日はおじさんに個人授業です。
一行一行意味を考えてコーディングする癖をつけてもらわなければいけません。人のソースを意味もわからずコピーペーストする癖はやめてもらわなければいけません。自分自身で解法を考える方法を身につけてもらわなければいけません。だから答えをズバリ教えるわけにはいきません。
だから朝から晩まで、ずっと喋りっぱなしです。おかげさまで喉が痛くなって病院に行ったりするくらいに。それでも教えつづけましたよ。そうしながら、何度も思いましたよ。俺、先生じゃねえ、って。なんで俺が補習やってるんだ、って。
で、そんな俺の努力も実らず、おじさんは未だにこっそり人のソースを写してくる癖を直してくれません。本を見て調べようとしてくれといっても、じっと画面を眺めたまま眼球が動いてません。自分でプログラムを実行させて、どういう動きになるか理解しろといっても、実行の仕方をすぐに忘れてしまいます。というよりも実行をすること自体を忘れてます。
そういうこと全てが悪循環だ、ということをおじさんは分かってるんでしょうか。今まで一日一日、分からないことを分からないまま放置しつづけて、二ヶ月たってそれが積もり積もっているのは何故なのか。そこに考えが及ばないのでしょうか。
そしてコーディング締め切り一日前の深夜。夜は夜で別に専門学校に通ってる俺は、夜11時過ぎに帰ってきました。そして一息つこうと思った矢先……携帯電話が鳴りました。誰だろうと思ったら定年おじさんでした。先日、先生からいざというときの為に住所録を作る、ということで電話番号を書いたっけ。
呆れながら話を聞くと、分からないところがあるということなので、質問内容を聞いたら即答。マジ即答。そんな間違いでして。これにどのくらい悩んだのかと聞いたら、2時間半詰まっていた、ということでして。本は見たのかと聞いたら、「見てません」と即答しやがります。
他に質問はないのかと聞いたら、どうも沢山あるみたいで。内容的に全然終わりそうに思えません。定年おじさんは質問内容をざっと言い終わると、言うに事欠いて、とんでもないセリフを言いやがりました。
「私にはもう無理なので、嶽花さんに後は作ってもらえないでしょうか?」
とりあえずそのあと一時間説教。自分の倍の人生を歩んできた人に。

説教しつつも、割と本音トーク炸裂。別におじさんに全て作ってもらえるとは期待してなかった、期限内に終わらないだろうとは思っていた、終わらなかったら俺がなんとかするから自分の力でなるべく勉強する方法をこの機会に身につけて欲しい、だからまだ諦めるな、と。その日に解決できないことがあったら、紙にでも書いて翌日質問できるようにしておくとか、色々方法はあるんじゃないか、と。そういったことを言って、その晩はもう寝るように言って、俺も疲れきって眠りました。
そして翌朝登校すると、俺のキーボードの上に一枚の紙が。前日の疑問をついについに消化しようという第一歩を踏み出せたか、と思って中身を見ると……昨夜俺が即答した内容について述べられていました。質問の体を成してません。
何なのかと聞くと「これについて意味が分からないので教えてください」とのこと。あまりにも基本的な内容だったので、「これについて本を見て調べましたか?」と聞いたらニコニコしながら「見てません」と即答しやがりました。「じゃあ本を見て、どこに載っているか調べてください。それを読んでください。それでも分からなかったら教えますから」
そして夕方、突然おじさんが居なくなりました。30分たっても教室に帰ってきません。全ての階のトイレにも見当たらないし、職員室にも居ない。皆の顔が暗く深刻な色合いに染まってます。誰も口には出していませんが、顔だけで語っています。「ツラくなって逃げ出した?」「いや、急に体調が悪くなってどこかで倒れている?」「いや、もう救急車でどこかに……?」
するとおじさんはニコニコしながら戻ってきました。手にメモ帳を抱えて。「データを作ろうと思ったんですが、いい名前を思いつかなかったんで外に出て色々探してきました」と嬉しそうに言うおじさんのメモには、すべて15文字超の名前が記されていました。ちなみに今回の仕様では名前は15文字以内、と初日に伝えていました。つまり、無断外出して皆を心配させた挙句、使い物にならん名前をメモしてきやがったということです。
とりあえずそのあと30分説教(学校が閉まるので30分しか説教できなかった)。
そして発表2日前。おじさんが突然発言をしたので皆驚きました。発言の内容でも驚かされました。「今作っているプログラムは人間味が無くて味気ないので、とっつきやすいようにアイコンを作り、名前を考えました。その名は……」
みはる君
「在庫を管理し、みはる、という観点から命名しました!」
はりきって言うおじさんに、俺は叫んだ。心の中で。
「まずは自分のプログラムのバグを見張れ!!」
そして発表前夜。最後に皆のプログラムを使っての結合テストです。皆が単体テストは十分したと言うので、安心してテストを開始し……朝日が見える頃まで俺はデバッグをし続けました。俺に落ち度があるとすれば、他人の言葉を鵜呑みにして全て動くと思っていたところでしょうか。それまでソース内部を全くチェックしてなかったところでしょうか。ちなみに最終EXEファイルは発表三分前(誇張無し)に出来あがったと人は言います。
「私達は、ゲームの在庫を管理するプログラムを開発いたしました」
そう言いながら、実際にプログラムを実演しながら皆の前で発表します。
「このボタンを押しますと、次の商品データを画面に表示し……」
そう言いながら、実際にボタンを押して次の商品データを表示します。しました。大画面に次の商品の名前が表示されました。
Piaキャロットへようこそ!!(15文字)
思わず吹き出した俺は、データ作成者の定年おじさんを睨みつけました。しかしキョトンと不思議そうな顔をしてます。そして皆も不思議そうに俺を見ています。なんで吹き出すの?って顔で。それがある意味救いだったのかもしれない。かもしれないが、その後をどう切り抜けたのかは覚えてません。
発表も無事終わり片づけをしていると、定年おじさんが来て言いました。
「今までありがとうございました。嶽花さんには大変お世話になりました」
何とも返答のしようのない心境だったので「はあ」とか気の無い返事をしたら、おじさんが締めの言葉を言いました。
「これからもよろしくお願いします」
ブンブン顔を左右に振りました。精一杯。心の中で。「はぁ」って気の無い返事をしながら。
※第六話へ続く

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