ハードボイルドと言えばハメット氏とチャンドラー氏から語らねばいけないのだろうけれど、今のところ海外作家で手にしたことがあるのはローレンス・ブロック氏のみです。一言でいえば、たまたま、とし表現しようがないのですが、蛇足とは思いつつも書き連ねてみます。
ミステリー好きな実の姉の誕生日に何か本でも贈ろう。そう思って書店をぶらぶらと探索していると、何気なしに目に付いたのが「MWA最優秀長篇賞!」という仰々しい煽り文句でした。その当時はまだMWAというのがアメリカ探偵作家クラブという権威ある賞とは知らなかったものの、まぁ外れということはないだろうと冒頭を読んで確認して姉に郵送すると、しばらくして姉から電話がきました。
「本、ありがとね」
「どういたしまして」
「ところでさ、あんた、あの本読んだことあるの?」
「うんにゃ。表紙と帯と一ページ目しか見てない」
「あ、そう。面白いとは思ったけど、ちょっと姉ちゃんには合わなかったかなぁ」
「あ、そう」
今思えば、表紙や帯や一ページ目は見てても、タイトルを見てなかったんじゃないの?といった気分です。視界には入って脳には入ってなかったのでしょうか、もう少し考慮すべきものがあった筈です。少なくとも一般的な女性に贈るような代物ではなかろう、と後日図書館で本書を借りてから思ったのでした。
と言った感じに事前情報も何も知らず、偶然だけでローレンス・ブロック氏の作品と出会えたのは運が良かったのだろうと思います(姉にとっては不運だったのかもしれませんが)。今だったらネットもあるから前評判とかをきちんと下調べしてから厳選したりしたでしょうけれど、昔みたいな偶然に全てを委ねる方法も味わい深く思えます。
本書の舞台はニューヨーク、病んだアメリカという側面のニューヨーク。元警官でアルコール依存症の探偵、マット・スカダーが主人公。酒を断つために悩み、依存症の会に出席しては内省的に語り、酒場で人生に対する含蓄を語らう。推理小説と言うよりはミステリー小説、ミステリー小説と言うよりはハードボイルド小説、といった方がいいような雰囲気。日本の新本格派ミステリーのようなトリック重視の作風とは正反対の、人間重視の作風。
とにかく文体に惚れ込んで読み進めるだけで満足してしまって、筋書きとか展開とか考えずに読んでしまいました。それでもそれなりにサプライズはあったのでそういう意味でも満足していますが、やはりこの文体がメインディッシュでしょう。ため息が出そうなくらい、その渋さにのめり込んでしまいました。犯罪者で肉屋の知人・ニックの存在が面白く、スカダーと彼が話すシーンはどれもこれもお気に入りです。そのうち彼の出番を確かめるべく他のシリーズも読んでみないといけない。
もしこれを機会にローレンス・ブロック氏の著作を手にしようと思うのでしたら、せっかくネット環境があるのですからシリーズものを調べて順番に読んでいった方が登場人物に愛着が増してきていいかもしれません。そういうことをせずにいきなりシリーズの中期から読んで、しっかり楽しんだ人間が言っても説得力が無いとは思いますけれど。
コメント