本書の構成について
なんか色々あって、本当は万全の体調・状態で読み始めたかったんですが、結果的に半分徹夜明けみたいな状況で読み始めることに。
はたして眠らずに読み終えられるんだろうか……と思いつつ文字通り何も知らずに読み始めたので、いきなり21章から始まったのを見て仰天しました。
二度見して、目次はないのか?と見返すものの、登場人物一覧しかない。
となると、これは目次がネタバレになるような構成になりえるのか……?と戦々恐々とした気持ちで読み始めます。
そしたらもう最初から小石が絶体絶命になってて、そこから時戻しが始まるんですよ。ま、まじかー!
章ごとにクリフハンガー的ともいえる「え、どうしてそんな事に?!」という出来事があって、ページを捲る手が止まんない。
この感覚、どこかで味わったような……とおもったら映画『メメント』も区切りごとにそういう場面があったなぁ、と。今はなきシネテリエ天神というミニシアターで、30年くらい前に鑑賞したのを思い出します。一度じゃ完全に理解するのが難しいから、DVDで時系列順に再鑑賞したりしたものです。
そう考えると、本作の読みやすさは職人芸ですね。睡眠不足で読んでるのに、こんな複雑な構成を惑うことなく読み続け、最後には騙されるというのは素晴らしい。登場人物のマークを表示したり、物語の組み立て方も混乱を招かないように工夫されてると感じます。
そして訪れた最終ページをみて、紙で買ってよかったと思いました。電子書籍だとフォントサイズ変更できるから、紙書籍みたいに計算されつくされて最後の一文がでてくるという演出が不可能なんですよね。リバーシブルカバーの楽しみといい、帯の楽しさといい、たまに買った紙書籍がこんなに楽しいとは!
ラストシーンのセリフ、マーク、戻らないという真の意味。
これらがあわさってこの先を予見するような感慨深さ、実に素晴らしい。
ショートストーリーペーパーを読んだら、この先もこんな感じなのかな、ってふふっと笑みがこぼれます。
かくしてサイン会が始まる1時間前に読了、というギリギリにもほどがある状態で、興奮さめやらぬままサイン会に向かうのでした。
サイン会について
博多駅の丸善に向かい、サイン会の場所を探します。
あの店内のどこにそんなスペースが……?
そしたらなんと、コミックコーナーの奥あたり、普段はそんなに人が居ないエリアに椅子がずらっと並んでるんですよ。
あまりにもギリギリに自宅をでたので、何時から入場だっけと整理券を出してたら、店員さんが「あ、サイン会ならもう入っていいですよ」って言われて「え、45分からってなってますけどいいんですか?」ときょどったら「29番ってことは、先着30名までの黒い椅子に座れるんで、まだ誰も居ないから好きなところにどうぞ」と言われて、なんか最前列に連れられていきました。羊飼いについてく羊はこんな気分なんだろうか。
ギリギリで整理券もらった自分がここに居ていいんだろうか……と思いつつも、かくして最前列に座って時を待つことに。
事前にスタッフの方から「サインのときに5名くらいテレビ撮影になりますけど、大丈夫です?」と言われ、ハンドルネームでサイン貰おうとしてたので結果的に辞退することに。あの場に自分が居るのを職場の人間に見られるのは問題ないんですが、ハンドルネームばれるのはまずすぎるし、インパクトある名前なので万が一を避けるしかなかった……
かくしてトークショーが始まり、森バジル先生が「なにか質問はありますか?」とのことなので、1時間前に読了したテンションの高さ故に質問しました。あの作中の+ーと丸い矢印は、誰の発案なのかと。先生がこういうのを作りたいと発案されて、デザイナーさんに相談して作っていただいたとのこと。
最初あのマークみたとき「時が逆なら反時計回りでは?」と違和感があったのですが、読み進む内に+-のマークがあるのに気づき、となると矢印の意味はそういう意味なのかな、と思いつつも、シンプルでいつつ知恵の輪みたいに考えさせてくるあたりとか、ラストのページであのマークだけで表現しきった演出とか、たしかに先生発案じゃないとここまで出来ないですよね。納得しかない。
そのあと他の方からも質問があって、和やかにトークショーは終わり、サイン会となりました。
これ言ったら失礼になるかなぁ、と思いはしたんですが、敢えて向きと位置はここにサインをいただきました。最後まで読了した人なら、こうした方がこの作品に相応しいと思った自分の気持ちが分かっていただけるのではないでしょうか。快諾していただき、森バジル先生、ありがとうございます。

自分の名前があまりにインパクトがあったのか、先生の横におられた担当編集の方から「なんでこの名前に?」と質問されちゃいました。
自分の嶽花征樹というハンドルネームですが、本名とイニシャルが同じで、同じハンドルネームの人が見当たらず、画数は多めで、キラキラネーム図鑑に乗らない程度で、外で人に呼ばれても違和感がなく(人の名前と思ってもらえる読み方)、姓名判断の結果がよい画数、といった条件を満たしたらこうなった次第です。
そう考えると、森バジル先生はどうしてこのお名前に……?と思って調べたら、こちらに理由が書かれてました。
2018年にスニーカー大賞を受賞してからの8年間で最も訊かれた質問。初対面の場では5割くらいの確率で訊かれている。それだけ質問される回数を重ねていれば、こちらの回答内容も叩かれ、鍛えられ、磨かれ、仕上がり抜いているべきだと思うのだが、毎回「いやー、読み間違えられなくて覚えやすい名前にしたくて」という、ふわっとした答え方をして、質問者側もいまいち納得感のない顔になり、場の空気が誰の腹にも落ちないまま次の話題にいく、ということを繰り返している。
そういう意味だと、自分のハンドルネームは読み間違えるというよりも読めないし、間違えるといえば地獄の花と書かれることが多く(富嶽の花、が正解)、覚えにくい、とダメ要素が揃ってます。さらなるダメ要素としては、作家先生にサインもらう時、画数が多いって話題に絶対なります。初対面の場では10割くらいの確率で訊かれている。
麻耶雄嵩先生には「テストの時とか大変だったのでは?」と言われちゃいました。もしかして本名だと思われてる……?と感じたので、心のなかで「じゃあ本名です」と思いながら話を合わせました。
家紋としてはこんなイメージで、山の中に花があって、花の中に山があるみたいな曼荼羅的な感じです(どんな感じだ)。

もしこれからペンネーム考える必要がある人に老婆心ながらお伝えすると、由来がすぱっと語れて、自分が何歳になっても名乗れる名前にした方がいいですよ。ほんとに。
30年前の自分にもし伝えられるなら、画数少なくしないとサインもらうときに先生方の負担になるけどいいの?って言っておきたい気分でいっぱいです。
何歳になっても名乗れる名前なのかはわかんないですが、ネット始める前に数ヶ月くらい考えてから30年くらい使い続けてるので、もはや第二の本名みたいに感じてます。
次回作はあるのか
長編シリーズとして続編が来るかはわかりませんが、10月25日(日)23:59まで小説に登場させてほしい福岡のスポットを応募されてるので、また小石達と再会できる日は思ってたよりも近いようです。
またしても「正論きらーい」が聞けてしまうのか、座して待ちたいところですね。
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