“登場人物は男と女の2人”、“ホテルの13号室を舞台にした密室劇”、“必ずどちらかが死ぬ”、の3つをルールに13人のフランス若手映像作家が知恵の限りを尽くしたサスペンスドラマ集。
女は何度も13号室のドアまで行っては鍵をかけなおし、きちんと鍵がかかっているか確かめるためドアを引いた。
かなり乱暴な扱いをされても、ドアは頑丈で開く気配もない。これなら誰も入ってこれない筈だ。
思いっきりドアを蹴ってみたが、ハイヒールのかかとが折れただけだった。舌打ちしてハイヒールを両方とも脱ぎ捨てた。
女は血走った目をぎょろつかせながら部屋の中に戻り、静かに辺りを見回している。
黙ってはいるが口はしっかりと閉まっておらず、醜く歪んでいる。しばらく肩で息をしつつ沈黙を保っていたが、こらえきれなくなったのか突然叫んだ。
「どこよ、どこに隠れたのよっ!」
そして耳を澄ますが、時折ホテルの外で車が走る音が微かに聞こえるだけで、辺りは静まりかえったままだった。
しかし女は安心できない。そのまま黙って部屋の中でじっとし、耳に神経を集中させていた。
カタ、カタカタ……
目を見開いて金属音に目を向けると、女の右手の包丁が震えていてベッドに細かくぶつかっていただけだった。
女は苦笑しつつも、このままだと包丁を落としそうだ、と思って一計を案じた。
部屋の中を見渡すと、ちょうどガムテープが目にとまった。
包丁をしっかり握りなおし、ガムテープを手の上から何重にも巻きつける。
手の震えはまだおさまらないが、包丁を落とす心配は無くなった。
用が無くなったガムテープを置こうとして、ふと女は思いついた。
左手でもっているバッグもガムテープで巻けば、より安全ではないか、と。大事なものが盗られる心配がなくなるだろう、と。
自分のアイデアに満足すると、女はガムテープでバッグのふたを厳重に閉じ、左手でバッグを握る。
しかしこれでも心配だ。そう思うとガムテープを口でくわえ、器用にバッグを握る左手に巻きつけ、余った部分は右手の包丁で切り落とした。
「絶対に……絶対に渡さないんだから……」
女はバッグを胸元に抱え込み、包丁と一体になった右手で包みこむ。
「なにさ、一度は親子ともども捨てておきながら、相続権があったと分かった瞬間に返せだなんて!」
辺りをみまわすと、視界の隅に人の姿があった。
「誰なのよ……そんな必死な顔をしてるからって、絶対に渡さないんだからっ!」
鏡に女自身が写っていたが、それが自分自身なのだとは認識できず、即座に包丁を叩きつけるようにぶつけていた。
大きな音を立てて、鏡が割れた。
ホテルの床に散らばるのは、無数の鏡の破片。
その中に写る無数の女の姿。
そして無数の狂気。
鏡が粉々になって、もはや鏡としての機能が無くなったのを見ると、女は安心したのかその場に崩れ落ちた。
「はっ、このくらいですぐに居なくなるなんて、そんなにこの子が大事じゃないんでしょ?」
女は愛おしそうに左手のバッグを抱き寄せ、頬ずりを始めた。
「絶対にこの子は渡さないんだから……私だけの、可愛い息子なんだから……」
母親は頬ずりを続けた。
バッグの中に隠していた息子が、窒息してしまっている事など全く気付かないまま、いつまでも、いつまでも。