短編

想いの集う場所

徹夜明けだから目が疲れているに違いない。

最初にそれを見た時はそう思った。思い込もうとした。

満員電車の中、その男の周りだけ色彩がなくなっていた。

色彩がなくなっているというよりも、何か黒いものがまとわりついているような感じだ。

気のせいかと思ったが、なんだろうあの黒いのは、と思うと目が離せない。

早く家に帰って寝た方がいいな、と思って指で目を押さえ、再び目を開いたが黒いものは消えていない。

なんだろうか、あれは。男の表情も健康的なものではなかった。

世の中に絶望しているような、世の中に怒りを感じているような、そんな目つきと黒くまとわりつくものが合わさって、より一層凄みを感じる。

目を合わせづらくなって顔を背けていると、次の駅に止まった。私の職場までまだまだあるな、と思っていると視界の端を黒いものがよぎった。思わずそちらを目で追うと、あの男が駅に降りていくのが見えた。

何となくほっとして、何となく男が座っていた席を見ると、黒いものが席に残っていた。

ぎょっとしてそちらを見ると、黒いものは席ではなく床からわいているようだ。

床を見ると、何の変哲も無い紙袋が置いてある。さっきの男が忘れていったのだろうか。

届けてあげようかと思ったが、すでに電車は出発してしまった。

これから会社だし、誰か暇な人が駅員に知らせてくれるだろう。

そう思いつつ出勤した。それが良かったのかも知れない。会社で私を出迎えた受付の女の子がこう言ったのだ。

「部長が乗ってる路線で、爆発物が見つかったらしいです!」

まさかと思ってネットで調べてみると、私の乗っていた車両の可能性が高かった。まさか、いやまさか。

そしてしばらくたつと、今まで気が付いていなかったものに気づくようになってしまっていた。

世の中あらゆるところに、あの黒いものは存在している。黒さにも段階があるようで、あの電車の時のような黒さにはいまだにお目にかかっていない。しかし街を歩いているとまれに黒いものに出会ってしまう。

それを抱えている人間の表情は、いつも暗く、憤っているように見える。何となく思った。あれは人の負の感情ではなかろうか、と。

にこやかな笑顔の人間の周りには決して黒いものはまとわりついていなかったからだ。

最初は違和感があったが、いつしか私は黒いものに慣れてきていた。自ら危険な場所や人物に近寄らなければ、黒いものが見えることも少ないし、見えたところで直接実害は無いからだ。逆に黒いものが見えたら用心すればいい、くらいに思えてくるようになっていた。

そんなある日、会社の同僚達とゴルフに行くことになった。

接待ゴルフというわけではないので気疲れはしない。たまの休日だ、リフレッシュしないと。

「ナーイスショット!」

雲ひとつ無い青空の下、皆が笑顔でスポーツを楽しんでいる。

その笑顔に、あの黒いものがまとわりついている。

笑顔なのに、黒いものがまとわりついている。

目は笑っていて表情も明るいのに、どれもこれも黒い。あの箱の男くらい、ドス黒い。

そうか、皆そろって、他人の失敗を望んでいるんだろうな。

思えば、他人が失敗するのを祈るしかない競技だしな。人知れずため息を付いた後、私は巧妙にショットを失敗する。

「ドンマーイ!」

明るい声と共に、皆の周りの黒さが少し薄らいだ。