短編

箱の中に想いを馳せつつ

「ふにゃーおぅ」

携帯からなまいきそうな猫の声が聞こえる。

妻の実家のチンチラを携帯動画にしてとりこんでいるので、暇な時はいつでもこうしてその姿を見れるわけだ。

こうして動いている姿を見ていると、まるで信じられない。

ついこの間、死んでしまったということが。

表サイト上ではまだ書いていないが、6月4日に肝不全で天国へと旅立っていった。

認めたくは無いが、事実だ。

妻にサイトで書いておかなくてもいいのかときいてみたが、自分で書きたいと思ったら自分のサイトに書くから、と言われたので私はそしらぬ顔をしている。

遠く離れた妻の実家の猫だったので、毎日顔をあわせるということもなく、実質的には携帯の動画でしか姿を見ていなかったからだろうか、まるで実感がわかない。

動画を見ていると今でもなまいきな声でないてそうな気さえする。実際に何回か会った私でさえこうなのだから、サイトの読者の方々にとっては全く実感がわかないだろうし、告知さえしていないので死んだという事実さえ分からない。

そう、黙っていれば、死は知られない。

それはあたかもシュレディンガーの猫のごとく。

めんどくさがって写真をあまりアップしていなかったので、まだサイト上にアップしていない写真はまだまだ沢山ある。だから今後もそ知らぬ顔で写真をアップし、思い出を書き綴っていき、事実を書きさえしなければ、皆疑いもしないだろう……その死を。

ここまで考えていたら、携帯が鳴った。妻の声が聞こえた。

「ねえ、単身赴任、長いよね。たまには飛行機で帰ってきてよ」

「ああ、時間が取れたら必ず帰るさ」

携帯を置き、再びキーボードの前に向き直る。

おや、何をしようとしていたんだっけ。

最近は忘れっぽくっていけない。

なんだったっけ、ああ、そうだった、サイトの日記で何を書こうかと思案していたんだった。

私のサイトでは妻に関する日記が好評らしいので、また妻のことを書いてみようか。本人は普通だと思っているようだがかなり天然な性格なので、事実を書くだけで起承転結が出来てしまう。ある意味、できた妻とも言えよう。

ここまで考えていたら、携帯が鳴った。妻の声が聞こえた。

「ねえ、単身赴任、長いよね。たまには飛行機で帰ってきてよ」

「ああ、時間が取れたら必ず帰るさ」

携帯を置き、再びキーボードの前に向き直る。

おや、何をしようとしていたんだっけ。

なんだったっけ、ああ、そうだった、サイトの日記で何を書こうかと思案していたんだった。コンビニばかりといった食生活がいけないんだろうか、短期記憶がすぐ消えてしまう傾向にあるようだ。ホームポジションに指を置いたとき、ふと思った。

何か大事なことを忘れていないだろうか。

しかし、考えても何を忘れているのかすら分からない。

まぁそのうち思い出すだろう、と楽観的に考えて私はサイトで妻の話を書き綴り始めた。

そうしていると、また携帯がなった。

しかし今は日記を書いている最中だし、まぁあとでもいいだろうと思いつつ作業を続ける。

まだ書いてない妻の話題はまだまだある。

なんてできた妻なんだろう、と思いながら少し微笑みつつ、私はキーボードを叩き続けた。