短編

すきま

最近、気になる事がある。

私の家は3LDKだが、クーラーを寝室にはおけない作りになっている。

だから夏場は寝室では暑くて寝付けないので、妻の自室で睡眠をとることにしている。

そんな夏の日常に変化が生じ始めた発端は、妻の一言だった。

「わたしの部屋の戸が、最近必ず少し開いてるんだけど」

「寝ぼけて君が開けているんじゃないの?」

彼女は夜中にトイレに行くことが多いが、低血圧なので目覚めが良くなく、大抵は意識が朦朧としている。

それに彼女は普段から大雑把だ。部屋の開け閉めをきっちりするような性格じゃない。

私の一言で妻はあっさりと納得したようなので、私も戸については特に気にとめずにいた。

そして妻が鹿児島の実家へ一人帰省したので、これ幸いと彼女の自室を掃除することにした。

彼女は普段掃除らしいことをしない。いつもは気にもとめないのだが、夏場は私の寝室でもあるゆえ、少しは清潔にしていたい。

徹底的に掃除を行って部屋から出る際、戸を端までしっかり閉めた。

掃除をしっかりしたのに、戸がだらしなく開いてるなんて、考えられないとは思わないか? 

私が神経質すぎるのかもしれないが、妻がおおらかすぎるのでバランスが取れているのかもしれない。

そして自室で作業を続けた。

作業は長時間におよび、夜の帳も下り、すっかり疲れて眠くなり、夏の別荘こと妻の寝室にむかった。

そして見てしまった。

妻の自室の戸が、一センチほど開いているのを。

すぐに全部屋のカギのチェックをしたが、不法侵入などの形跡は無かった。そう言えば少し前までは福岡ではかなりの大地震があり、余震も多かった。そのせいで立付けが悪くなった可能性もある。先日も大家に連絡してトイレの排水を直してもらったばかりだ。

そうは思ったものの、気になったので戸を閉めてから付箋をはった。何らかの事態で戸が開いたのであれば、付箋が落ちているはずだ。

準備が終わると気分が整理できたのか、程なく眠りについた。

翌朝、目覚めた私はまっさきに付箋を確認したが、戸は開いておらず、付箋もそのままだった。

自分の猜疑心に苦笑しながら付箋を外した。

そして夜になり、再び妻の自室へ向かおうとして足が止まった。

戸が開いている。

昨夜と同じく、一センチくらい、開いている。

力強く戸を閉めると、夏だと言うのに珍しく本来の寝室で夜を過ごした。異様なまでに蒸し暑い夜だった。

ろくに寝付けないまま翌朝、戸を確認しにいく。

戸は閉じたままだった。

だが夜になるまでは判断がつけられない。安心できず、私は付箋の代わりにガムテープを張ることにした。これならガムテープが外れる時に音がするので、そうと分かるはずだ。

妻が帰省して一週間が経過した。

毎夜、一センチほど戸が開いている。

肝心のガムテープは音も無くいつの間にか外れている。夜になると、いつの間にか。

住居に欠陥が来ていて、少しずつ少しずつ分からないくらいに微小に戸が開きつづけているのではないだろうか。

そう思って一時間おきにすきまの長さを測った日もあった。

しかし時間ごとの微小な変化などはなく、もういいかと思って更に一時間後にもう一度見に行ったら戸が開いていた。一センチだけ。

その翌日は小説を手にして戸の前で座り、ひたすら読み続けた。

もちろんガムテープをはり、少しでも変化があったらすぐ分かるようにしつつ、だ。

そこまでしていたにもかかわらず、いつの間にか戸が開いていた。

ガムテープの音も無く、一センチだけ。

我慢できなくなり、戸を閉めずに思い切って中を開けてみた。

念入りに部屋中を探し回ったが、無論誰も居なかったし、鍵もきちんと閉まっていた。

こんなに暑い夜だというのに全身が妙に冷たい。気づかずに嫌な汗が体中から出ていた。

明後日には妻が戻ってくるから、不動産巡りを持ちかけようと思う。こう言えば妻はにこにこと納得してくれる筈だ。

「しばらく子供も出来なさそうだし、今のまま二人で住むには、この部屋って広すぎるんじゃないかい?」

そう、この部屋は広すぎる。

住んでいるのが二人だけなら。