短編

同時押し

明日はちょっとひと仕事あるから、気晴らしに先輩たちと飲みに行った。

そこまではいいんだけれど、飲み過ぎたせいか調子に乗り過ぎた……かもしれない。

飲みでいい気分になりすぎたせいか、その後に行ったゲーセンで、格ゲーでいつもみたいに接待プレイせずに、思いっきり先輩たちに連勝し続けてしまった。

「同時押しはしっかりしないとダメですよ〜! 確反を逃しちゃダサいっすよ〜!」

先輩たちは大人なので、特に怒鳴ったりとかはしなかったけど、不機嫌そうにしていたのは間違いない。

酔っぱらってる後輩に負け続けているという表向きの事実だけでなく、今まで手加減されてたという真実も分かってしまったわけで、不機嫌にならないわけがないだろう。

しかしその時の自分は酔っていたので、そんな単純な他人の心も想像しえなかった。

むしろ明日の憂鬱な仕事のことを考えると、酔って今だけでも良い気分でいたかったのかもしれない。

手元は意外としっかり動くけれど、足元はだんだんと心もとなくなってきたなぁ、と思っていたら先輩たちが家まで送ってくれた。

家に着くころには少し冷静になっていて、「あんな失礼な事をしたのに、先輩たちは大人だなぁ」と思いつつも、その気持ちを口に出すのも謝るのも気恥ずかしくて、送り届けてもらったお礼だけ言って、家に帰りつくなりシャワーもあびずにそのままベッドに倒れこんだ。

その頃には明日の仕事のことを思い出していたけれど、なるべく考えないようにして、枕に顔をうずめているうちに、いつしか意識が薄れていった。

翌朝はとても晴れていたが、心は晴れやかとはいかなかった。

しかし誰かがやらないといけない仕事だから、と自分に言い聞かせて職場へ向かい、先輩たちと手分けして淡々と作業をとりおこなっていく。

お経を聞き、目隠しをし、絞首台の上に連れて行き、両手を縛り、ロープを首にかける。

ここまで終えると、先輩たちと3つのボタンの前に並んだ。

久しぶりだったが、死刑囚も暴れずおとなしいし、つつがなく作業は進んでいる。

うん、順調だ。少しだけ目を閉じて深呼吸をし、合図をまつ。

そして時がきた。

迷わずに目の前のボタンを押す。

しかし、目の前の死刑囚に変化はない。

揚げ板がそのままで、死刑囚は吊られていない。

何か様子がおかしいと気配を察したのか、さきほどまで落ち着いていた死刑囚が少し慌てている様子が見える。

慌ててるのは自分も同じだった。

おかしい。三人ともボタンを押しているのだから、誰か一人のボタンが作動している筈なのに。

何かの間違いで、三つのボタンどれもがダミーになってたり、壊れているせいで、揚げ板が開かないのだろうか。

どうすればいいのか先輩たちに相談しよう。

そう思って横を向くと、先輩たちは二人ともじっと無表情のまま前を向いたままだった。

なぜ絞首台が作動してないのに、こんなに落ち着いてるんだろうか。心に何かが泡立つものを感じつつ、つい先輩たちの指先を見てしまった。

二人ともボタンを押して、いない。

合図をしてる方向から見ると分からないが、横から見てる自分にはわかる。

微妙にボタンから指がずれている。二人ともボタンを押しているようで、実は押していない。

そもそも三つ同時押ししないと開かないというわけではなく、同時押しするのは、あくまで罪悪感を誤魔化すだけのシステムでしかない。

つまり、一つだけボタンを押したとしても、”アタリ”だったら、今頃は作動していた筈だ。

今回たまたま自分のボタンが”ハズレ”だったけれど、そうでなかったら、いったい……

いや、考えすぎだ。

だって昨夜はあんな失礼なことをしたのに、先輩たちはちゃんと家まで送ってくれたじゃないか。

でも、あの無表情、少しずれた指先。あれは気のせいなのか。

気のせいだ。

気のせいで、あってほしい。

そう思った途端、昨夜酔っぱらってた時など比較にならないような、強烈な眩暈がやってきた。

世界が崩れ落ちる。

そんな感覚と共に倒れてしまいそうになったが、先輩たちは素早く体を支えてくれた。

ほら、やっぱり気のせいじゃないか。

悪意があってボタンを押してないのなら、倒れるのをかばってくれるわけがないじゃないか。

お礼を言おうと先輩の顔を向くと、耳元でそっと囁かれた。

「すまんな、同時押しが苦手で」